大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和33年(ラ)290号 決定

抗告人 荏原青果市場信用組合 代表者 樋口顕嗣

訴訟代理人 青柳洋

相手方 石渡豊吉

主文

原決定を取り消す。

相手方の異議申立を却下する。

理由

抗告代理人は、「原決定を取り消す。相手方の本件異議申立を却下する。」との裁判を求め、その理由として別紙抗告理由書記載のとおり主張した。

本件競売申立事件(東京地方裁判所昭和三十一年(ケ)第七九三号)の記録及び同記録編綴の登記簿謄本(同記録第三〇丁から第三八丁まで)、仮処分決定(同記録第六二丁)によると、申請外鈴木竹夫は、昭和二十八年五月十二日競売事件債務者石渡嘉一の抗告人に対して負担する金三十万円の債務の担保のため、本件競売物件について抵当権を設定し、翌十三日その旨の登記手続を経たこと、相手方石渡豊吉は鈴木竹夫外四名を債務者として昭和二十九年四月五日本件競売物件について、占有移転禁止及び処分禁止の仮処分命令を得て、同月八日処分禁止の仮処分について登記手続を経たことが認められる。不動産について処分禁止の仮処分がなされたときは、債務者がその後に仮処分命令に反して所有権の移転その他の処分行為をなしても、当該仮処分債権者に対抗し得ない効力を生ずるに過ぎず、右仮処分命令前になされた法律行為の効力までも、左右するものではない。本件についてこれをみると、上記認定のように、抗告人の取得した抵当権は相手方の仮処分命令よりも以前に設定、登記されているのであるから、本件抵当権設定が仮処分債権者である相手方に対抗できないものとは解することはできない。抵当権を実行する任意競売手続は、担保物件を処分して金銭に換価するための手続であり、したがつて、それは処分行為に該当することはもちろんであるが、抵当権は元来物件の交換価値を把握して、本来の債務の履行を担保するものであるから、抵当権の設定行為には任意競売手続によつて、抵当物件を処分換価されることを当然包含されているものであるから、抵当権が仮処分債権者に対抗し得る以上、その換価処分もまた当然仮処分債権者に対抗し得るものといわなければならない。

原決定によれば、相手方の得た上記仮処分命令は、相手方が本件建物の敷地の賃貸人として、その賃借人で本件建物の所有者である鈴木竹夫に対して賃貸借契約を解除し、それを原因としての建物収去土地明渡請求権を被保全権利とするものであつて、右被保全権利は抵当権者である抗告人に対抗し得るものであるから、その範囲では本件競売手続の競買から先の競売手続を停止せしむべきであるとしている。右のように賃貸地上の建物について抵当権が設定されたからといつて、その土地の賃貸人が賃貸借契約を解除し得ないことになるわけではないから、その解除が適法な場合には、賃貸人は賃借人に対しその建物を収去して其の土地の明渡しを請求し得るのはもちろんである。しかしながら、そうだからといつて、原決定のいうように、右仮処分債権者に対抗し得る抵当権者の抵当権の実行の一部でもこれを停止または阻止し得る権利を有するものではない。右のような場合には、抵当権者の申立による抵当権実行の手続と土地の賃貸人の建物収去土地明渡の請求とはそれぞれ相排斥して両立し得ないものではなく、建物の競買人は、賃貸人のなした契約解除が適法である場合には、その建物を収去しなければならない義務を承継しなければならないだけであるから、競売手続が停止されずに進行されたからといつて、その敷地の賃貸人の権利をなにも害するものではない。従つて、相手方には抗告人の申し立てた抵当権実行による競売手続をどんな段階でもこれを阻止して停止を求める権利はなにも有しないといわなければならない。原決定は、右見解と異り相手方に本件競売手続の停止を求める権利を有するとの解釈に立つて、相手方の執行方法に対する異議を相当と認め、本件競売手続の停止を命じたものであるから失当であるといわなければならない。

よつて、本件抗告は理由があるから、原決定を取消し、相手方の異議申立を却下すべきものとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 村松俊夫 裁判官 伊藤顕信 裁判官 小河八十次)

抗告理由

一、原決定に到るまでの経緯の概略

(一)、申立人は、申立外石渡嘉一に対し昭和二十八年五月十二日金参拾万円を貸渡し、申立外鈴木竹夫は、右債務支払担保のため、その所有にかかる別紙目録記載建物に順位第一番の抵当権を設定し、同月十三日東京法務局大森出張所受附第三七二八号を以てその登記を了した。

(二)、石渡嘉一は、右債務支払を一向に履行しないので、申立人は昭和三十一年 月 日東京地方裁判所に対し前記抵当物件の競売を申立て、同庁昭和三十一年(ケ)第七九三号事件として競売開始決定がなされた。

(右競売手続は、進行し、昭和三十三年 月 日の競売期日には、競買申出があり、競落期日が、同年 月 日と指定されたが続行となり第二回期日が同年 月 日と指定されたままその決定がなされなかつたものである。)

(三)、相手は鈴木竹夫に対し右建物の収去、土地明渡請求事件の執行保全のため昭和二九年四月五日処分禁止の仮処分申請をなし東京地方裁判所昭和二九年(ヨ)第二七〇五号仮処分命令として同月八日東京法務局大森出張所受附第三七七五号を以てその登記がなされているというのである。

二、原決定は大審院決定に明かに反するものである。

前項に記載した如き経緯の下に相手方より競売開始決定に対する異議申立があり、前記の如き原決定がなされるに至つたのであるが、大審院は夙に「不動産ニ付、前示ノ如キ、(処分禁止)ノ仮処分命令アリタルトキハ、之ヲ受ケタル債務者が其ノ命令ノ趣旨ニ違反シテ任意ニ所有権移転其ノ他ノ処分行為ヲ為シタル場合ニ於テ、之ヲ仮処分債権者ニ対抗スルコトヲ得ザルノ効力ヲ生ズルニ過ギザルヲ以テ、右仮処分命令ノ登記前ニ登記セラレタル抵当権ノ実行ニ因リ不動産ガ競落シタルトキハ該仮処分命令登記以后競落ニ因ル所有権移転登記ヲ為スヲ妨グルモノニ非ズ」と判示している。(大審院大正十四年三月五日集四巻二号九三頁)右大審院決定の趣旨に鑑みても、本件競売手続に於て、たとえ処分禁止の仮処分登記ありとするも、その以前に設定された抵当権の実行手続が進められ、競落、競落による所有権移転登記がなされても、何等、支障なき筈であつて、相手方の処分禁止の仮処分登記があるの一事を以て競売手続を停止するのは、明らかに右大審院決定の趣旨に反するものであると謂わなければならない。

三、原決定は、右大審院判例は、仮処分の及ぶ効力を必要以下に認めようとするもので賛成しがたいとし、大審院昭和八年四月二十八日判例民集十二巻八八八頁を引用して仮処分権利者は競売手続が換価手続に達したとき、又は競落許可決定前に民事訴訟法第五四四条による異議又は競落許可決定に対する抗告をなしうるものと判示したのである。右判例は、同じく大審院昭和二年四月十二日の判例(処分禁止ノ仮処分アルトキハ強制執行ニヨル処分ヲモ許サズ仮処分権利者ハ民事訴訟法第五四四条ノ異議ヲ主張シウルガ異議ヲ主張セズシテ強制執行完了シタルトキハソノ処分ハ有効ニシテ取得者ハ仮処分権利者ニ対抗シウル)とするもの及び昭和四年四月三十日の判例(仮処分決定后に於て該仮処分ノ目的物ニ対シ強制執行ヲ為スモ同執行手続中仮処分権利者ニ於テ異議ヲ主張シタルト否トヲ問ハズ右仮処分権利者ノ権利ノ保全ト相容レザル理由ニ於テハ実体上強制執行ノ結果ヲ仮処分権利者ニ対抗シエズ)とするものの後を継ぎ一連の関係にあるものであるが、これ等の判例は何れも仮処分命令と強制執行手続との関係を論じたものであつて、任意競売について判示しているものではない。随つて本件不動産任意競売手続に対し右判例をそのまま適用しようとするのは適当でないと謂わなければならない。

四、実体的に考察してみても、処分禁止の仮処分ある物件に対する強制執行の場合には、仮処分権利者は後に同物件が強制執行の対象となることは予想しないところであり、逆に強制執行債権者は処分禁止の仮処分あることを承知して執行手続をとるのであるから、強制執行の結果が仮処分権利者の権利を害することが明らかな状態となれば仮処分権利者より異議を述べられても致し方ないというべきであろう。然しながら任意競売手続に於ては、(抵当権設定が仮処分命令以前になされている場合には)仮処分権利者は同物件がやがて競売に附せられることを予想して仮処分をなすものであり、逆に抵当権者は、同物件が後に仮処分を受けることは予想していないところである。而して、右仮処分命令はその時以后の売買譲渡、抵当権、質権、賃借権の設定等の処分を禁じ、之に反する行為の効力を仮処分権利者に対抗しえないとするに止るものであつて仮処分前に設定された抵当権について何等の効力を及ぼすものでもない筈である。随つて仮処分前に設定された抵当権の実行によつて、同物件が競売に附されても、それは仮処分命令に反するものでもなく、仮処分権利者は之に対し、異議を述べることは許されないところと謂わねばならない。原決定はこれ等実体的権利について深く考察することなく単に仮処分命令(本件抵当権設定登記後)あるの一事を以て、競売手続の停止を命じているもので明かに違法なものと謂うべきである。

五、原決定は、本件競売手続を、前記仮処分命令の執行手続終了に至るまで許さないとしているものであるが、前記仮処分命令の執行手続は、仮処分命令の債務者に対する送達と、仮処分命令の登記完了とによつて夙に終了している筈である。随つて原決定は、これだけで既に無意義と謂うべきであろう。原決定の意味するところは、右仮処分命令の被保全権利に基く、本案訴訟の終了、収去命令、更には収去の完了を指しているのであろうか。然りとすれば抵当権者は後に予期せざる仮処分がなされたことによつて、その被保全権利に基く収去の完了まで(事実上、収去が完了して了えば、前来記述の理由の有無、又は実体上の権利の如何に拘らず、競売が物理的に不能となることは明かである)換言すれば自己の抵当権が物理的に消滅するまで、何の為すところもなく、静観することを強いられるものであつて、その不当なることは多言を要しないところであろうと信ずる。

以上、何れの観点よりするも原決定は不当にして取消さるべきものであると信ずる。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例